FC2ブログ

いつも新しい

2019/03/31 日曜日

銀座線を降りると、改札に向かう人の10人に9人は外国人旅行者の様に見えた。
浅草は個人旅行者にせよ団体旅行者にせよ、とにかく人で溢れている。
昔からとても有名な観光地ではあるけれど、ことここ数年は人が増えたように思う。

小学生くらいの頃だろうか、祖母に連れてきて貰った時のことをぼんやり覚えている。

駅前で人力車のお兄さんに声を掛けられてびっくりしているのを見て祖母は笑っていた。
人力車のお兄さんたちは今、お客さんによって日本語やら英語やら使い分けているようだ。

母が曾祖父と一緒に天丼を食べた店なるところがあったけれど、
団体さんで混んでいて一般客は結構並ぶようだったので諦めた。

仲見世の人形焼き屋さんには、苺と人形焼きを串に刺したものが売っていて目を丸くした。

最近は着物を着せて貰って街歩きをするのが流行っているのか、
とにかく沢山の人が着物を着て写真を撮っていた。

お参りをして、脇でおみくじを引いたら凶で、思わず外に出てもう一度引いた。
ここは英語対応が遅れているのか、引いた漢数字を見て外国人旅行者が困っていて、
親切なおじさんがおみくじの場所を教えてあげていた。

浅草から見るスカイツリーはとても近くて、
隅田川沿い遊歩道では隅田川とスカイツリー、あとまだ満開とは言い難い桜の花を一緒に写真に納めようとする人が沢山いて、
私も何となく真似をしたりした。

広くはない区画に観光のポイントがいくつもあって、
やはり日本を代表する観光地の一つだ。


昔からあるもの、無くなってしまったもの、新しく加わったもの。
浅草は沢山の変化に対応して、懐かしさも新しさも両方感じさせてくれる。
常に変わり続ける活力みたいなものを頼もしく思った。

| 11:40 | 日記 | コメント(0) | ↑ページトップ |

江ノ島を歩く

2019/02/17 日曜日


母と二人、江ノ島詣。
朝思いついて、すぐに行ける距離感が気楽で良い。
時期もあろうが、土日で人出の多さは感じつつも人が多すぎる感じでもないのも良い。

最近は結構海外からの旅行者の姿も見られるようになって、
江ノ島へ渡る橋の手前で旅行者とおぼしき女性の手のパンにトビが急降下していた。
日本語以外での周知も必要だねぇと、話ながら橋を渡る。

昼食は島に渡る前に海の見えるレストランで食べておいた。
色のついたカリフラワーにはちょっと驚いた。

橋の途中、稚児ヶ淵まで渡る小さな遊覧船の宣伝を聞く。
但しこれは後述するが行きよりも帰りがおすすめである。
今年ようやく降った雪もあって富士山は白っぽい。

島に渡って江ノ島神社までの道のりは案外短い。
子供の頃に来たときは結構あるように感じたのだが。
新しいお店、昔からあるお店、短い範囲に所狭しと建ち並ぶ。
お土産物屋さんの店頭に並んだ、貝殻を寄せ並べた篭の皿をみて、こういうの買って貰ったなぁ、と母が懐かしむ。
キューキューという音が断末魔の叫びのようで、たこ煎餅の行列には並ばなかった。

江ノ島神社の入り口から、展望台のある山の上までは階段を上るかエスカーという、要するにエスカレーターに乗るかの二種類の方法がある。
今回は母の膝の調子も悪くなかったので階段を上ることにした。

石の階段は流石に観光地ということもあって高さも形も整備されていて上りやすいが、
日頃の運動不足が祟っている私よりも母の方がなんだか元気だ。

エスカーは拝殿があるところにしか止まらない。
乗らずに歩いているからこそ眺められるポイントもあり、ちょこちょこ立ち止まって海の方をみてみたり、写真を撮ったりして過ごす。
辺津宮で茅ノ輪をくぐり、参拝。
奉安殿の八臂弁財天はどこか違うところに貸し出されているのか拝めなかった。
中津宮では裏の水琴窟の音に耳を澄ました。

江ノ島の灯台シーキャンドルは、サムエル・コッキング園の中にあるが、
今回はそのまま稚児ヶ淵に向かうことにした。
今の時期は夕方から夜に掛けてのライトアップがきれいだという。

ベンチでたこ煎餅をかじっているご婦人がいて母と慌てて上を向いたが、
頭上に飛び回る鳶はたこ煎餅にはまるで興味がないようであった。

サムエル・コッキング園から江ノ島の裏側にある岩屋までの道のりは階段の昇り降りもあるのだが、
たくさんの観光客と一緒に進むのはちょっと面白い。
崖下の釣り人の様子を窺おうとする人や、手を叩いてトビを呼ぼうと試みる人、思い思いに写真を撮る旅行者…

奥津宮の手前では、以前暑い時期にお茶をした羊羹店があって、お饅頭が蒸してあるのが分かった。
奥津宮には八方睨みの亀という天井画があり、参拝の済んだ人から上を見上げる。
睨みというが、別段怖くは感じない。

奥津宮を過ぎるといよいよ島の向こう側の海が見えてくる。
細くて急な階段を下っていくと稚児ヶ淵だ。
足元に歌碑が割れたようなものが倒れていたが片割れがなく、どこから来たのか分からなかった。
見える海は穏やかで岩場に流れ込む海水もそこそこの勢いだったので、そろりそろりと岩場を海に向かって歩く。
富士山と、その手前の山々が鮮明に見えた。
後ろにいる母は逆光で上手く写真が写らないと嘆いていた。
少し前に台風の被害を受けていた岩屋も復活したらしいが、
ここまでですっかり満足してしまったから、折り返して来た道を戻ることにした。

この稚児ヶ淵というところは、江ノ島へ渡る橋との間に遊覧船を走らせているので、
必ずしも来た道を戻らなくても良いのだが、私と母は羊羹店に立ち寄るため船は利用しなかった。

同じ道を戻るだけなのだが、稚児ヶ淵への階段は行きは楽でも帰りが辛い。
階段を行きを切らしながら上る。
恐らく江ノ島は、エスカーで上がって階段を下って稚児ヶ淵まで降り、そこから遊覧船で帰るのが一番体力を要しない回り方であろう。

中村屋羊羹店は明治時代から続く羊羹店で、海苔羊羹が有名なのだそうだが食べたことはない。
小さな店内の壁に、歴史を感じさせる新聞の切り抜きが何枚も貼られていた。
前回も今回も、私はくりーむとうふというプリン状のものを食べ、母は更にお饅頭も追加していた。
このくりーむとうふ、豆乳と生クリームが使われていて外見は白いのだが、
暫くスプーンで掬っていると真ん中の辺りにこし餡が現れるのが面白い。
舌触りも滑らかで、羊羹店らしいところなのかなと思う。

サムエル・コッキング園の辺りまで戻って来れば、帰りの階段は幅も広く緩やかになる。
あっという間にエスカーの入口だ。
食べてばかりでそこまでお腹は空いていなかったが、食べてみたかったしらすコロッケを母と半分ずつ食べて島を後にした。
なんというか、本当にしらすの味がしてびっくりした。

橋の上から夕日と富士山が見えた。
隣の外国人旅行者も欄干に寄り掛かって富士山を見ていた。
とても穏やかな江ノ島詣だった。

| 11:00 | 日記 | コメント(0) | トラックバック(0) | ↑ページトップ |

言葉にするということ

2018/12/31 月曜日

緒用があって母校を訪れた。
学校自体はそこまで久々という訳でもないが、
暫くお会いしていなかった先生と話をした。

学校の先生というのはすごいもので、
生徒の顔や名前や特徴など、結構覚えていて驚く。
最近はどうしているかと問われて、これこれで…と話しをしながら、
無意識の内に自身の現状を評価していることに気が付いた。
言葉にするにはまだ近過ぎた日々のことを思い起こす。
言葉にしてまとめることで、言葉の端々に現れるのは、日常の些細な楽しさや今の生活への満足のような。
勿論それはもしかしたら諦めや恥ずかしさを誤魔化す逃避であり強がりなのかもしれないけれど、
でもそれも含めて受け入れている。

先生がそれに気が付いているかは分からないが、
今の私の現状にやや残念に思っているかもな、と少し感じた。
先生だけではなくて、沢山の人に応援してもらっていたという認識はある。
あの頃の私にあったのは先の見えない不安と、見えないからこそ掛けて貰った期待だった。

実際未来に来てみたら、何の事はない。
期待通りには行かないものだ。
でもそれでも私は生きている。
思うように行くことばかりではない事も分かってきた今も、
私は希望を持って、毎日を生きていく。

でもね先生、案外悪くないものですよ。
結構楽しいんです、私。
それはほんの少しの強がりとかなりの本当の気持ちだった。



今年も一年ありがとうございました。
毎度拙い文章ではありますが、来年も続けて参ります。
こんな感じで良ければ、また来年もお付き合いください。

| 21:30 | 日記 | コメント(2) | トラックバック(0) | ↑ページトップ |

休んで過ごす休みの日

2018/12/19 水曜日

初めて風邪で仕事を休んだ。

少し咳が出るな、と朝嫌な予感を抱きつつも仕事を始めて、
昼を過ぎた頃から何となくダルくなり、
退勤時には頬に触れた自分の手がひんやり気持ちよかった。

帰って熱を測れば38.5℃。
慌てて上司に連絡を入れると、休んで欲しいと言われ、
それもそうだなと初めて病欠で有給を使うことにした。

急患で処方された薬で熱は下がり、
翌日改めて病院で診察を受けて大分調子は良くなったが、
どうにもこうにも咳が止まらず、
そのせいか声が殆ど出ない。
意味もなくヒソヒソ声の人みたいになってしまってうんざりする。
お医者さんからもあまり話しすぎるなと注意されたけれど、
話したくても話せないんだから仕方ない。

休みの日を休んで過ごすことが久々過ぎて、
何もしないことが如何に難しいか思い知る。
考えてみたら中高生の頃は常に皆勤だったし、
学生時代も休まず出席点を稼ぐようなつまらない学生だった。

取り敢えず語学の教科書を開いて音声を聞いていたら眠くなったので眠気に身を任せる事にした。
結局その日も、友人と約束のあったその翌日も、何もしないで過ごした。
風邪は引きたくないなと、心から思う。

状態はかなり改善されたものの未だ完治はせず、夜中自分の咳で目が覚める。
いい加減に腹筋が鍛えられてきた気もする。
とはいえこの風邪は休んでいたところで長引くのには変わりなさそうだ。
そろそろ復帰しないとな。

| 08:30 | 日記 | コメント(0) | トラックバック(0) | ↑ページトップ |

奈良を観光

2018/11/12 月曜日

奈良旅行をした。
これまで京都に泊まって奈良に行くという事はあったけれど、
奈良に泊まって奈良のみの観光というのは初めて。

ライトアップ中
↑興福寺の中金堂。この秋に落慶し、ライトアップが行われていた。
 ライトアップが見られたのは奈良宿泊ならでは。

奈良のお寺をのんびりと巡る旅になった。
これまでの経験から仏像の前知識がなさ過ぎることには気付いていたが、
仏像に関する基礎知識の本を買ったのは三日前。
たっぷりのイラストにワクワクしつつも慌て読んだ。
三日程度の浅漬けではほんの基礎知識しか得られなかったが、
以前来た時よりもずっと、仏像をじっくりと感じることができたように思う。

なお多くの場合仏像は写真撮影が禁止されていて、
その場で手を合わせて記憶に焼き付けるしかない。
(ポストカードを購入するという手もあるが。)

しかし寧ろカメラを構える事無く直に仏像を見る時間ができた。
細く目を開いてこちらを見つめ返しているかのような如来や、
赤く彩られた炎の光背を前に立つ明王の姿に、
昔ここに立った人々と自分との間の隔たりが溶けるかのように感じられた。
同じ仏像に何百年も前の人々も手を合わせたのだと思うと、
いつになく信心深い気持ちになった。

脚力が足りない
↑少し足を伸ばして長谷寺へ。
 階段を少し上がると視界がとても良かった。
 天気は悪くなかったが、午後になると奈良はとても寒かった。

赤くなりはじめ
↑こちらも長谷寺。この頃はまだ紅葉の序の口。

お参りするお寺お参りするお寺、どこのお寺の仏像にも圧倒されたが、
室生寺の如意輪観音は特に印象に残った。
頬に手を当てて思案する仕草に、
かつてこの優しさに触れて癒された人々を想像した。

如意輪観音
↑案の定撮影は禁じられていた。

車社会で、電車バス移動では不便なところも多く、
また昼を過ぎると突如ものすごく寒くなるなど、
なかなか難しいところもあったが、行けて本当に良かった。
奈良は京都のようには賑やかでないところが殆どなので、
静かに昔の人々の感じていたことに思いを巡らすことのできるところだった。

鹿せんべい待ち
↑もちろん鹿にも会った。
 鹿せんべいを持つと鹿に追いかけられるという爆弾を抱えている状態に。

| 23:00 | 日記 | コメント(2) | トラックバック(0) | ↑ページトップ |